毎日を大切に心地よく暮らしたいと願うママが、日々の出来事や感じたことなどを綴ります。
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当時の様子など。
2011年03月29日 (火) | 編集 |
大地震数日後の3月14日(月)にiモードで更新して以来
かなり久しぶりの更新となりました。


たくさんの方々からの温かいメッセージ、
本当にありがとうございました。
そして、皆さまに心配を掛けっぱなしのまま
ブログを放置してしまい、大変申し訳ありませんでした。


ここ数日は、ガソリン不足やスーパーの商品不足など
不安は残るものの、だいぶ落ち着きを取り戻し
仕事にも復帰していました。
少しづつ、ブログも再開して行こうと思っておりますし
皆さまのところにもお伺いしたいと思っておりますので
また、よろしくお願いいたします。


当時の事や、地震後のパニックの中での生活状況なども
皆さまに知っていただく事で、少しでも防災のお役に
立てればと思います。



* * * * *

わたしの住まいは、仙台市の北部の住宅地で
市内の中では、震災の影響の少ない地域だったと思います。

大地震当時、わたしは仕事をしていました。

事務所がゆさゆさと揺れ始め、すぐにこれは尋常じゃない!と分かりました。
揺れがどんどん強くなり、なんと、そのまま3分以上。
とても立っていられませんでした。
凄い音をたてながら、みるみる事務所のものがメチャメチャになりました。

デスクのレターケースが床に投げ出され、パソコンのモニターも
足元にあった本体も受け付けカウンターまでもが、次々に倒れていきました。

保育園のチビや、ちょうど下校時間であろう兄ちゃん。
とても怖くて仕方ありませんでした。

余震も続く中、会社は、すぐに自宅に帰ろうという事になり
解散となりました。街はすでに停電となり信号機が機能していませんでした。
すぐに会社から、車で15分程の保育園に向かいました。

渋滞の中、40分程で保育園に到着すると子供たちはみな無事で
園の外で先生たちと寒さに堪えながら、待っていてくれました。
チビはわたしの顔を見たとたん泣きながら走り寄ってきました。

それから、自宅まで夢中で運転しました。
車のラジオでは、大津波警報のアナウンスがひっきりなしに
流れていました。

小学校では、こういう場合に備えて引き渡し訓練が行われている
のですが、もしお兄ちゃんがお家に戻っていたら大変なので
まずお家に向かいました。
自宅に戻ってみると、パパさんが兄ちゃんと近くに住む義母を迎えに
行ってくれていました。兄ちゃんも義母もパパさんも皆無事でした。
義父は姪っ子の所へ向かったのですが、義父も姪っ子家族も無事でした。


ここから、電気も水道もガスもない不安な生活が数日つづきます。
長くなってしまったので、その話しは、また次回にします。








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ジャンル:日記
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